
VIRTUAL INTERVIEW / FICTION
この記事は、2035年の仮想未来を舞台にした架空のインタビューです。人物とエピソードはフィクションであり、未来を予測・断定するものではありません。
INTERVIEW 03 / 2035 GLOBAL OFFICE
「妻の転勤で引っ越しました。会社は、辞めていません。」
中村 健太 42歳 / 長野県松本市
2035年、長野県松本市。中村健太、42歳。妻の異動をきっかけに、2年前に東京から移り住んだ。多国籍企業での法人営業の仕事は、今もリモートワークで続けている。近所の仕事場からAI翻訳を使って海外の顧客とオンライン商談をし、夕方には家族の暮らす家へ帰る。家族で暮らす場所を変えたら、自分の仕事はどう変わったのか。
PROFILE
中村 健太 / 42歳
製造オペレーション管理プラットフォームの法人営業。日本と海外の顧客を担当する多国籍企業の社員。長野県松本市で、理学療法士の妻、小学1年生の子どもと暮らす。オンライン商談を中心に、必要なときは顧客の工場へ出張する。
01 / WORK
10:18 — 商談のあとに、もう一つ聞きたくなる
「では、次は現場で段取りを決めている方にも入っていただけますか」
松本のコワーキングにある小さな個室で、中村健太が商談を終えた。テーブルの向こうに映っていた担当者のホログラムが消える。相手は海外の工場から参加していた。健太は最後まで日本語で話していた。翻訳は相手の言葉も声も自然に届けてくるので、途中からは互いの使う言語を意識しなくなるという。
共有していた工程モデルを閉じると、手元のバーチャルモニターに、会話の中で決まったことと、次に確かめることが並んだ。一つの項目を開き、そこにつながる発言を聞き直す。

—— いま、何を確認していたんですか。
「計画と違う段取りに変えたとき、誰が何を見て判断しているかです。今日の担当者は『変更は全部記録しています』と言っていたんですけど、その理由まで残っているのかな、と」
—— 売っているものを、もう少し教えてください。
「MES、製造実行システムを軸にした、製造オペレーション管理のプラットフォームです。生産計画と仕掛在庫、設備の稼働実績を、基幹システムにつないでいます」
—— 導入すると、現場では何が変わるんでしょう。
「急な受注や設備の停止があったときに、工程を組み替えるだけなら、前からできました。今は、現場が計画を変えた理由までAIが確かめて、計画の前提になる制約モデルを更新していく。記録だけでは分からないところは、担当者に聞き返すんです」
「例えば、同じ設備でも材料の組み合わせによって段取りに時間がかかる。ベテランだけが避けていた組み合わせを、次からは計画にも反映できる。新しい条件はデジタルツイン、工場の動きを再現する仮想モデルで検証してから使います」
「別の工場に回した方がよければ、そちらのAIや調達先のAIと、生産枠や材料の納期を交渉するところまでつながっています。社外に全部の原価や工程情報を渡さずに、引き受けられる条件をすり合わせる。事前に決めた範囲なら、そのまま手配まで進めます」
—— 健太さんは、その条件を決める相談にも入る?
「はい。どこまで自動で変えていいか、誰に確認を戻すか。そこを決めるには、普段の現場の判断を知る必要があります。聞き返すたびに仕事を止めていたら使ってもらえないので、何を、誰に、いつ聞くかも一緒に考えます」
—— 会話の振り返りにもAIを使うんですね。
「はい。今日だったら、担当者が何度か『現場で調整します』という言い方をしていた。その前後のやり取りをまとめてくれるので、次に聞きたいことを考えやすいんです。別の拠点の同僚にも、説明を一からやり直さずに渡せる」
話題が変わったところや、問いに答えが出ていないところへ戻り、次の商談で何を聞くかを考える。議事録を読み返すより、会話の続きを準備するために使っている。
「前は、聞いた話をきれいに整理してから提案していたんですけど、今は、整理してみたらまだ聞けていない、と分かるのが早いですね」
—— 聞く前に提案してしまうことも?
「あります。段取りの話を聞くと、すぐ『その条件もモデルに入れられます』と言いたくなる。前にそれをやって、『判断の理由を毎回説明する時間はないんです』と言われました。どこに手間が増えるかを聞く前に、機能の話へ行っていたんですよね」
バーチャルモニターの端には、今週訪問する国内の工場との予定が残っている。
—— オンラインでも話せるのに、工場には行くんですか。
「行きます。作業しながらどこで困るかは、その人と一緒に動いた方が分かることもあるので。全部の打ち合わせで行く必要はなくなりましたけど」
「今週は国内です。海外の工場へ行くときは、移動も含めて数日、家を空ける。妻の勤務や子どもの予定を見ながら、家のことをどうするか、先に相談しています。商談がどこからでもできるようになっても、現地へ行く時間はかかりますから」
少し考えて、もう一つ付け足した。
「あと、帰り際に話したいんです。会議が終わってから出てくる話、けっこう好きなので」

02 / FAMILY
妻に異動の話が来て、初めて考えた
健太が東京を離れたのは、2033年。地方で暮らしたくて移住先を探していたわけではない。
きっかけは妻の仕事だった。妻は同じ医療法人の都市部の病院で、理学療法士として働いていた。法人が松本の病院のリハビリ部門を拡充することになり、異動の話が来た。
—— なぜ、奥さんに声がかかったんでしょう。
「リハビリを必要とする高齢の方が増えている一方で、現場の人が足りない。経験のある人を採用するのも難しくなっていたそうです。妻は患者さんを担当しながら、若いスタッフを教える仕事もしていたので、その経験を求められたんだと思います」
歩行練習などを支えるAI搭載の補助機器を、現場で使ってきた経験もあった。機器は患者の動きを補佐する。状態を見て練習を進めることや、スタッフに使い方を教えることは、妻たちの仕事だという。
「妻自身も、新しい体制をつくる仕事をやってみたかった。それで、家で相談することになりました」
—— すぐ、一緒に行こうと思いましたか。
「いや。最初は『僕の担当、どうしよう』でした」
健太は、客先を回る営業を長くやってきた。オンラインで進める仕事が増えても、自分の住む場所まで変えていいのかは、別の話だった。
「商談ができるのは分かる。でも、何かあったときにすぐ行けないことで、お客さんとの関係が変わるんじゃないか。そこが気になりました」
—— 何を確かめてから、移ると決めたんですか。
「まず会社に相談して、担当を続けられるか、どの訪問が必要かを話しました。家では妻の勤務先までの距離とか、子どもの生活とか、自分が出張に出る日をどうするか。住まいを決める前に、予定を並べてみました」
「東京にいた頃も、毎日すべてのお客さんに会えていたわけじゃないんですよね。そこは、書き出してみると分かった。遠くなる訪問はあるけど、オンラインの方が早く話せる相手もいる」
引っ越しのために会社を辞める必要はなかった。日本の顧客も、海外の顧客も引き続き担当する。その見通しが立ってから、家族で松本へ移ると決めた。
—— 奥さんの仕事を応援するために、自分の働き方を変えた、と受け取ってよいですか。
「応援はしています。でも、僕の仕事も続けたかったので。僕が我慢して付いてきた、という話になると、ちょっと違います」
「妻がやりたい仕事があって、僕も辞めたくない。それなら、どうすれば両方できるかを考えた感じです」
03 / NEIGHBORHOOD
近所へ、仕事をしに出かける
—— 家でも働けるのに、ここへ来るのはなぜですか。
「家にいると、洗濯が終わったなとか、あれを買っておかなきゃとか、細かいことが目に入るんです。一つずつは大したことないんですけど」
「朝ここに来て、夕方帰る。僕には、その方が仕事を終えやすいですね」
個室を出ると、共用の机では別の利用者が仕事をしている。昼に居合わせれば、声をかける。移住してすぐの頃は、冬の服や、近所の店のことをここで教えてもらったという。
「東京の会社の人とも話せるし、お客さんとも話せる。でも、今日この町で何があったかを話す相手は、また別に必要だったんだと思います」
—— 仕事がどこでもできるなら、ほかの町でもよかった?
「最初は妻の職場がここだから、でした。今は子どもにも友達がいるし、僕にも顔を合わせる人がいる。出張から戻ってきたとき、ああ帰ってきたな、と思う場所にはなりましたね」

A DAY IN 2035
松本で過ごす、ある平日
07:15家
朝食のあと、子どもが持ち物を確かめている。妻は病院へ向かう支度。健太は食器を片づけながら、夕方の予定を確認する。
「朝に全部相談しようとすると、だいたい何か忘れます。出張がある週は、前もって話すようにしています」

08:45コワーキング
会社のバーチャルオフィスに入り、バーチャルモニターで海外の同僚から届いた引き継ぎを見る。顧客との会話、確認待ちの項目、夜の間にAIが準備した資料が、案件ごとにまとまっている。今日返すことを選んでから、商談へ。
09:30商談
海外の工場の担当者が、ホログラムとしてテーブルの向こうに加わる。共有した工程モデルを見ながら、日本語で計画を変更する条件を聞く。次回は現場で段取りを決める人にも参加してもらうことにした。

11:00次の問いをつくる
会話の記録へ戻り、現場で調整する理由と判断の範囲をまだ聞けていないと確認する。次回の質問と資料の修正点を、同僚と共有する。
16:00別の地域へ引き継ぐ
仕事を始めた欧州の同僚と、同じ仮想会議室で提案の調整をする。バーチャルモニターに並べた資料を、一緒に確かめる。夕方に届く回答をすべて待つ必要はない。自分の返事が必要なところを残し、続けられる作業を渡しておく。
17:30帰り道
今日は健太が夕食を用意する日。買い物をして帰宅する。会社の仕事は別の地域で続くが、健太は翌朝、進んだところから引き継ぐ。

04 / TRAVEL
出張の日は、いつもどおりにはいかない
—— 普段の生活は整って見えます。出張の日も同じように回りますか。
「そこは、毎回相談です。前に、僕が帰る日に妻の勤務も遅くなって。帰宅後に夕飯を作るつもりだったんですけど、移動が延びたので間に合わなくなりました」
—— その日はどうしたんですか。
「子どもが放課後に過ごしているところへの迎えは、妻が仕事を調整して行ってくれました。夕飯は買って帰ることにした。僕も、帰ってからやるつもりだった仕事を翌日に回しました」
「僕が早く帰る予定だから大丈夫、にしていたのがよくなかった。それからは、出張の日は帰りが遅くなっても困らないように考えるようになりました。近くで頼めるところも少しずつ探しています」
移動が減っても、予定のすり合わせは残る。妻の勤務と健太の出張が重なれば、どちらかの仕事を調整する日もある。
「家で仕事ができるから、その間ずっと子どもを見られるわけでもないですしね。商談があるときは、商談があります」
05 / AFTER THE MEETING
商談のあとにも、人と話したい
—— 前の働き方が恋しくなるのは、どんなときですか。
「打ち合わせが終わって、『そういえば』って話が始まるときです。担当者が最近行った店の話とか、仕事と関係ないことも含めて」
「立体映像で同じテーブルを囲んでいると、顔を見ながら話せます。でも、会議が終わって接続を切ると、それぞれの場所へ戻る。一緒に出口まで歩くような時間はないんですよね。僕はもう少し話したかったな、という日もあります」
—— 雑談の時間を、オンラインでつくることは?
「できますよ。同僚と、用事がなくても話すことはあります。ただ、お客さんに『では雑談をしましょう』って予定を送るのは、まだ少し照れますね」
「相手にも時間があるので、僕が話したいだけで長く引き留めるのも違う。会いに行ったときに、帰り道を一緒に歩いたりする時間は、今も好きです」
—— これから、仕事でやってみたいことはありますか。
「別の国の工場でうまくいったやり方を、もっと紹介できたらと思っています。言葉を気にせず担当者同士が話せるので、僕が説明するより、使っている人に聞いてもらった方が早いこともあるんです」
「訪問も続けたいですね。会ったことがあると、次にオンラインで話すとき、話しかけやすくなる相手もいるので」
今週は国内の工場へ出張し、導入後の作業を確認する。近くで同じ日に会える別の顧客にも、連絡をしてみるつもりだという。
—— 次の引っ越しを考えるとしたら、何から決めますか。
「また、家族の仕事と暮らしを並べると思います。今はここがいい。ずっと同じかは、まだ分からないですけど」
17時半。健太は会社のバーチャルオフィスを離れ、手元のバーチャルモニターを閉じた。接続に使っていた端末を鞄にしまい、隣の机の利用者に挨拶をして、外へ出る。
妻から、帰りに牛乳を買ってほしいと連絡が来ていた。
「出張の話も、今日しておかないと」
買い物のメモに一つ足した。今夜の予定を思い出しながら、家の方へ歩いていく。
FICTION ENDS HERE
REALITY LINK
中村健太と家族、2035年の仕事と暮らしはフィクションです。
この暮らしにつながる変化は、すでに始まっています。
PRESENCE
遠くの相手と、同じテーブルを囲む感覚へ。
OBSERVED / NOW
Googleは2026年5月、Google Beamのディスプレイ上に遠隔参加者を実寸に近い大きさで配置し、声の位置も話者と結びつけるグループ会議の実験を公開した。同年9月には、日本を含む6カ国で機器を出荷すると発表している。
Microsoft TeamsのInterpreterは、会議や通話の音声を参加者の希望する言語へ通訳する。相手の姿を立体的に見せる技術と、言語をまたいで話す技術が、仕事の道具になりつつある。
DONEXT!! / 2035
健太は松本から、海外の工場の担当者と日本語で話す。相手のホログラムとテーブルを囲み、バーチャルモニターで工程モデルを共有する。
現在のBeamは空中に浮かぶホログラムではなく、通訳にも誤りや待ち時間がある。この記事は、臨場感と通訳の進歩を、2035年の日常の仕事場まで延長して描いている。
FACTORY
工場の実績をつなぎ、次の工程を検証する。
OBSERVED / NOW
Dassault SystèmesのDELMIA Aprisoは、製造実行システム(MES)を含む製造オペレーション管理を提供する。生産だけでなく、材料、品質、保全を扱い、ERPなどの基幹システムや設備のデータと連携する。
同社の製造向けAIエージェントには、工程案や作業指示の生成、デジタルツイン上で変更を検証する機能がある。AIが工程の組み替えを提案すること自体は、すでに製品の機能として説明されている。
DONEXT!! / 2035
健太が扱うサービスは、現場が予定を変えた理由を確かめ、計画の制約モデルを運用中も更新する。さらに、別の工場や調達先のAIと条件を交渉し、許可された範囲で手配へ進む。
記事が描くのは、工程案の生成から一歩進めた、企業をまたぐ継続的な運用だ。その範囲や判断の戻し先を決めるために、健太は現場の人へ話を聞きに行く。
CARE
地域の医療を続けるために、人の経験が求められる。
OBSERVED / NOW
厚生労働省の「新たな地域医療構想に関するとりまとめ」は、2040年頃に向け、生産年齢人口の減少で医療従事者の確保がさらに難しくなると見込む。高齢者の生活機能を維持するリハビリテーションの重要性にも触れている。ただし、医療需要の変化は地域によって異なる。
動作を補助する機器も使われている。例えば医療用HAL下肢タイプは、センサーと生体電位信号を使って脚の動作を支援する機器だ。適用対象は定められており、使用する医療従事者には座学と実技の安全使用講習が必要になる。
DONEXT!! / 2035
健太の妻が求められたのは、患者を担当しながら若いスタッフを育て、補助機器も使ってきた経験だった。機器が動作を支えても、患者の状態を見て練習を進める仕事は現場に残る。
松本の病院の部門拡充と妻の異動は、この記事の創作設定だ。地域の人材確保という課題と、人の仕事を補佐する機器の現在を手がかりに、妻が新しい体制づくりへ踏み出す未来を描いた。